本記事では『零紅い蝶』の考察として、父の行方・皆神村の構造・紅贄祭・失明の意味を整理しています。
『零~紅い蝶~』は、本編だけでも完成された物語です。
しかし各種攻略本やプレミアムBOX、関連記事を読むと、作中では語られていない、もしくは語られていても明瞭ではない重要な設定がいくつも存在します。
- 幼い頃に亡くした父はどういう人物だったのか
- 皆神村はどこらへんなのか
- 皆神村の各家の役割
等々。
これらは本編プレイだけではよく分かりません。
本記事では事実ベースで「隠された前提条件」を整理しつつ、考察をしていきます。
※ネタバレが多く含まれますので、本作未プレイの方はこちらの記事からお読みください。
■ 繭と澪の父について
天倉操(あまくらみさお)

旧姓は麻生。目には見えないものを写す「射影機」を発明した麻生博士の末裔です。
操は「静(妻)」、「繭(娘:双子の姉)」、「澪(娘:双子の妹)」とともに水神地域にある山奥の村で暮らしていました。
操達が暮らすこの村には「山に迷い込むと『地図から消えた村』に引き込まれる」という言い伝えがあったそうです。
例に漏れず、操も皆神村に引き込まれて帰らぬ人となってしまいます。
操の失踪後、静は繭と澪を連れて都会へ引っ越したため、双子にとって水神地域は懐かしの故郷ですね。
※ちなみに、皆神村には瘴気の外部流出を防ぐ結界が張られており、内部の瘴気で綻びが生じると入口が現れます。
攻略本および関連資料では、澪と繭は幼い頃から「父は亡くなっている」と母から聞かされて育っていることが明記されていました。
二人にとって父は
- 写真でしか知らない
- 実際の記憶がほとんどない
という状態であり、「現実感の薄い存在」として認識されているみたいです。
本来「家族を守る立場である父親」が欠落した状態で育った二人は、お互いを唯一の拠り所とし、繭は澪への依存を深め、澪は繭を支える役割を内在化していきました。
その結果、本来対等であるはずの双子関係は「守る/守られる」という非対称な構造へと加速していったのだと考えられます。
父の死因

繭が崖に転落した際、帰ってこない二人を心配して捜索隊に混じって澪と繭を探していたところ、操は皆神村に迷いこみました。
その後虚(うつろ)に落ちたことが操の死因です。
繭や澪にとって操は
- 「なんらかの事故で突然いなくなった人」
- 「もう関わりがない」
- 「現実の外にあるもの」
という風に「よく理解されないまま意識から消えた存在」です。
自分に関係のある形で死んでいたとは二人とも露ほども思っていないことでしょう。
本編前日に繭が見た夢
繭は本編前日に夢をみています。
操が現れ「山に入ろうとする二人を必死に止める」という夢です。
夢の中で繭はそれが亡き父からの警告だと分かっていながらも、紅い蝶を追いかけてそのまま山へ進みました。
- 「澪が一緒だから平気」
- 「澪はいつだって守ってくれる」
虚に囚われた操

虚エンドでは、澪が虚の中を見てしまいます。
そのときに目が合った亡者こそが「天倉操」でした。
他のエンディングでは虚の中を見ても澪は失明しないのに、こちらのエンディングでのみ失明します。
いったいどうしてなのでしょうか?
2つの視点から理由を紐解いていきたいと思います。
失明した理由1:澪にとっての常識が壊れたから
普通は
- 亡くなった人とは会えない
- もう関係は切れている
しかし、虚で澪は 今尚もがき苦しむ父と目が合ってしまいます。
目=「現実を認識する装置」です。
- ありえない存在(父)をありえない場所(虚)で見る
- 「父はもうとっくにいない」という前提(常識)が崩れる
- 今までの世界の見え方(認識)が壊れる
結果:
今まで信じてきた現実が成立しなくなり、現実を見る力がなくなった。
=失明 という流れです。
※虚は「見たら即失明する穴」というより、見た人の心を壊し、現実の見え方そのものを狂わせる場所だと考えられます。そのため、結果として「光を失うことがある」のです。
失明した理由2:澪が繭の世界に踏み込んだから

見るという行為を成立させるためには「自分と対象が分かれている状態(分離)」を維持する必要があります。
※分離=「私は私、あなたはあなた。分かれている状態。隔たり」
- 対象との距離がある
- 自分との境界がある
- 内と外が分かれている
このようにして初めて「見る」ことができるのです。
逆を言えば
対象との距離が0(一体化)に近づくにつれ「見る」という機能は成立しなくなります。
※一体化=「私はあなた、あなたは私。一致/重なっている状態。零距離」
澪にとって目は外に開かれた世界(私は私、あなたはあなたを前提に、分かれて存在する現実世界|分離)への接続手段でした。
しかし、虚に落ちる繭=内に閉じた世界(私はあなた、あなたは私を前提に、重なり合う閉鎖世界|一体化)を見て、澪は手を伸ばします。
これは、分離の放棄(繭の世界へと踏み込む行為) に他なりません。
※繭=内に閉じた世界については、こちらのリンクで詳しく解説しています。
結果:
「0(一体化)に近づきすぎて、隔たりを保てなくなった」
=失明 という流れです。
虚に落ちる繭を見て、澪は手を伸ばしました。
この選択は一見すると「助けたい」という自然な行動に見えます。
ですが構造として見ると、ここには決定的な矛盾があります。
- 外に開かれた世界を認識し、「個」として別々に生きる(分離/隔たり)
- 繭を助けようとする(一体化/零距離)
この二つは、距離のあり方として同時には成立できないのです。
それなのに、澪は「個であること」を手放しきれないまま、繭の手を取ろうとしました。
繭に手を伸ばす
↓
分離の放棄(一体化)へ踏み込む
↓
しかし、「見る」=「分離」もやめていない
↓
「隔たり」を保てないのに「零距離」で「見て」いる
↓
矛盾が生じる
↓
失明
虚エンドで起きているのは、一つになろうとしたことではなく
一つになりながら、同時に見ることをやめなかったことです。
※距離を消しながら、距離を必要とする認識も保とうとした
だから澪は
- 一体化に完全に振り切る(一緒に落ちる)こともできず
- 分離を保つ(繭を見捨てる)こともできず
その狭間で「外に開かれた世界を見る力」を失ってしまった
その結果が視力の喪失でした。
※中途半端に一体化へ踏み込み、分離を手放しきれなかった代償とも言えます。
■ 皆神村の詳細

水神周辺にある近隣の村を通り過ぎて鬱蒼とした森を抜け、山道をひたすら奥へ進むと沢があり、そこから更に細い獣道を進むと見えてくる場所が皆神村です。
この時点で通常の生活圏からは大きく隔絶された場所であることが分かります。

本編オープニングの沢にたどりつくだけでも一苦労ですね…。
幼い頃(推定5歳前後)、近隣の村から出発して沢周辺をよく遊び場にしていた澪と繭は、尋常じゃない体力と方向感覚の持ち主だったことになります…。
ちなみに、プレミアムBOXの設定資料集では「家の近くだったので幼少の頃は静が二人をよく連れて行っていた」と明記されておりました。ちょっと大きくなってからは、二人だけでこっそりと遊びに行くようになったそうです。二人にとっては思い出深い沢ですね。
※桐生薊が「うっつい」という方言を使っていたり近畿地方に多い「槌原」「逢坂」という苗字が見られたりすることから、皆神村には三重県周辺を思わせる部分があります。ただし「桐生」「立花」は関東寄りの苗字であり、登場人物たちの言葉遣いも標準語であるため、あくまで雰囲気としての推測に留まりますが…。
皆神村は近隣の村からは「秘祭を重んじる独特な村」として認識されており、数十年に一度執り行われる「紅贄祭」の時期には近づかないのが暗黙の了解となっていました。
一方で、完全に閉鎖された村ではなく
- 行商人が訪れることがある
- 外部との最低限の接点は存在していた
という描写も確認できます。
※幼い頃、宗方良蔵は行商人の父に連れられて皆神村を訪れており、その際に立花樹月や立花睦月と親交を持ち、黒澤八重、黒澤紗重とも面識を持ちました。皆神村が滅んだ際、八重だけが生き残り、その後良蔵は八重と婚姻を結びます。
作中では太政官布告(1873年)への言及があるため
紅贄祭が最後に行われた時期は明治7年(1874年)以降であることが確定しています。
ただし、皆神村が滅んだ正確な時期については明確には示されていません。
※映写機が普及していることから、1920年代から1930年代が濃厚ではありますが…。
紅贄祭(あかにえさい)

黄泉に通じる穴「虚(うつろ)」の瘴気を抑え込むために行われる秘祭が紅贄祭です。
皆神村では閉鎖された村特有の「血が濃くなりすぎて双子が生まれやすい環境」が整っております。
双子が一つになったとき、神の力を発揮するとされ、紅贄祭では双子が主役となって儀式を執り行います。
- 儀式に成功すると紅い蝶が誕生し、虚の瘴気は収まる。
- 儀式に失敗した場合、または執り行われない場合は代わりとなる儀式(陰祭)が実施される。
- 紅贄祭後、生き残った方の双子を「鬼隻(きせき)」と呼ぶ。
- 片割れを紅い蝶にできた鬼隻の首元には「一つになれた証」として「赤い痣」が現れる。

村の中にはすでに多くの紅い蝶が漂っています。
しかし、それらは過去の紅贄祭によって生まれた「鎮めの残滓」であり、虚を永遠に封じる力そのものではなかったのでしょう。
虚は時間とともに再び鳴動し、そのたびに新たな成就が求められる。
だからこそ、紅い蝶が村に存在していても、皆神村は再び儀式を必要としたのだと考えられます。
どうして儀式が失敗することもあるのか
双子のどちらかの想いがもう片方よりも強いと、儀式は失敗してしまいます。
普通に考えれば「想いが強ければ強いほど儀式は成功しやすいのでは?」と思いますよね。
しかし、儀式に必要なのは相手を想う心ではないのです。
「一つになりたい意識がどれだけ一致しているのか」なのです。
想いが強いほど、片割れとの一体化は遠のきます。
- あなたを愛してる
- あなたが可哀想
- あなたを守りたい
- あなたを失いたくない
これらはすべて「分離」を前提とした感情です。
「相手を想う心」=「あなたと私は別の存在である」
この状態では二人はどこまでいっても「二人のまま」であり、「一つに還る」という紅贄祭の本質からは遠ざかってしまいます。
だからこそ、儀式は失敗してしまうのですね。
※例外として、たとえ「分離」を前提とした感情を抱いていたとしても、最終的に「一体化」という結末を受け入れられるのであれば儀式は成立します。
失敗する条件
最後まで「一体化」へ至れず、二人が二人のままで終わること。
成功する条件
最後の瞬間に、二人を隔てていた境界がほどけること。
うっつい蝶

双子が強い想いで結ばれると誕生する、特別な紅い蝶のことを「うっつい蝶」と呼びます。
分離の方向で強い想いが残ると儀式は失敗し、一体化の方向で強い想いが重なると、うっつい蝶になるのです。
桐生薊は自身の亡骸を虚に落とされた後、ひときわ赫く蝶——うっつい蝶の存在に気が付きました。
「想いを通じ合わせて手を繋ぐ」という、どちらかがどちらかを殺さなくても済む形…。
「約束エンド」や「羽化エンド」で誕生したのは、うっつい蝶だったと考えられます。
陰祭(かげまつり)

「陰祭」は2種類存在します。
- 秘祭として存在する本来の陰祭
- 一般公開されている世に広まった陰祭
周辺の村では分祀された暮羽神社主催による
- 花火
- 蝶の柄が貼られた灯籠
を空に打ち上げる祭りとして現在も「陰祭」が残っています。
紅い蝶は守り神であり、災厄を鎮める象徴です。
蝶を模した灯籠を打ち上げるというのは本来の祭祀の「代替行為」であると考えられます。
また、本来の祭祀では「マレビト(外部の人間)」を生贄にする都合上、外との接点を持つ必要性がありました。
皆神村の祭主としては「余所者を呼びたいがマレビトに疑念は抱かせたくない状態」です。
そのため、あらかじめ暮羽神社の分祀を通じて陰祭の内容を外部に悟らせないような「安全な祭りとしての陰祭」を周知させていたと推察できます。
楔(くさび)

陰祭の人柱として選ばれたマレビトのことを「楔」と呼びます。
苦痛をできるだけ多く与えるために、楔は身を削がれます。
楔の苦痛が大きいほど、より長く虚を鎮めることができるのです。
ここで気になるのは、なぜ「苦痛」が必要なのかという点です。
普通に考えると、苦痛は人を弱らせるもののように思えます。
しかし、本作においてはむしろ逆で、苦痛はその人の内側にある執着を強く引き出すものとして扱われていました。
- 生きたい
- 終わりたくない
- この世に留まりたい
苦痛によって生まれるこうした想いは、「自分はまだここにいる」という感覚を強く抱かせます。
虚が「ただ人を呑み込むだけではなく、存在そのものを危うくして『個』を溶かしていく場所」だとすれば、それを鎮める楔には「簡単には呑み込まれない強い『個として留まる力』が必要だった」と考えられます。
楔とは単なる生贄ではなく、激しい苦痛によって現世への執着を極限まで高められた存在だと言えます。
苦痛が大きいほど楔の想いは強くなり、虚に溶かされるまでの期間が長くなるのです。
※マレビトは村の外を知る存在です。
村の人間よりも「広い世界」や「多くの日常」に触れてきたため「この世への未練」が強まりやすく、楔として適していたのでしょう。
虚を鎮める鍵は、常世と幽世の境界をどれだけ強く保てるかにあります。
境界を保つ力は「二つの存在を一つへと閉じる方向」でも、「個として溶けまいと抗う方向」でも生まれます。
そのため、「一体化」もしくは「自己保持」が必要となるのです。
深道(ふかみち)

皆神村の各家の地下には「洞窟のような通路」である通称「深道」が張り巡らされています。
なかでも黒澤家の深道は他のどの深道よりも長く、果てにあるのは「虚」です。
暗く険しい道を進んだ先にあるのが「二つの存在を一つへと還す場所」…。
そう考えると、儀式の前に深道を辿ることはただの移動ではないことが分かります。
別々の存在として生まれた二人が、再び生まれる前の一つだった場所へと戻っていく——いわば「胎内回帰」までの道のりなのです。
御園(みその)
皆神村の入口にある開けた広場が「御園」です。
村を一望できる高台に位置しています。
中央には台座があり、周りは石の柱で囲われていて注連縄が巻いてあるのが特徴です。
皆神村では祭祀に関わる村人以外は秘祭に参加することができません。
※参加できたとしても、決して見てはいけない儀式のため顔を布で覆ったり目を縫ったりする必要があります。
そのため、紅贄祭のときは黒澤家、逢坂家、立花家、桐生家、槌原家以外の村人は秘祭に参加する代わりに松明を灯して御園に集まり、祈りを捧げ、讃歌を歌って紅い蝶を見送ります。
御園の中央に位置する台座の真下、地下深くに「虚」は存在します。
本編ゲーム内においても、位置が一致するように考慮して配置されているとのことです。
皆神村の各家の役割
皆神村は神事や儀式を守る人々の集落から成り立ったため、各家には儀式に関する役割が与えられていました。
また、全ての家は祭祀を取りまとめる黒澤家の方角を向いて建てられています。
逢坂家(おおさかけ)
「御園」を下っていくと最初に見えてくるのが逢坂家です。
逢坂家の役割は「村を訪れる余所者の監視」及び「村から出る者の監視」です。
「マレビトの品定め」の役割を担っているとも言えるでしょう。
来訪者は必ず逢坂家に立ち寄り、黒澤家に取り次いでもらってから村への滞在許可をもらうしきたりになっています。
無事滞在許可をもらえた場合、逢坂家を宿泊施設として利用することが可能です。
立花家と桐生家(たちばなけときりゅうけ)

村の中央に位置し、渡り廊下と地下道で両家が繋がっている構造も瓜二つな家です。
紅贄祭の前に双子巫女がそれぞれの家に一人ずつ住み込み、祈祷や清めのための儀式を行います。
「双子巫女に禊をさせる」という重要な役割を担っている家ということですね。
八重と紗重が生まれるずっと前、桐生家では茜と人形が起こした殺人事件がありました。
その事件によって、桐生家は一度断絶します。
その後は黒澤家の者が桐生家を引き継ぎ桐生家を復興しましたが、桐生家では茜と人形の霊が常に徘徊していたとのことです。
槌原家(つちはらけ)

暮羽神社や御園、蔵を管理する家です。
「秘祭に関する場所の管理」という役割を担っています。
蔵は罪人を捕らえて裁く場所であり、鬼隻となった双子の片割れが過ごす場所でもあります。
大抵の双子巫女の片割れは紅贄祭を終えると精神に異常をきたすため、日常生活をまともに送れず蔵で一生を過ごすことになるのだそうです。
※祭主である黒澤良寛など、精神が折れなかった鬼隻は通常の生活に戻れます。
「眞紅の蝶」で登場する暮羽は片割れが死産という、生まれながらの鬼隻です。
女性版樹月という感じの出で立ちですが、ディレクターによると原案では「繭を失い皆神村から出られなかった未来の澪の姿」というイメージだったそうです。
総括|ここまでの隠された設定
本作における「隠された設定」は、澪と繭の結末を成立させる舞台装置として機能しています。
父の不在によって強固となった双子の非対称な関係は、皆神村という閉鎖的な構造と祭祀によって固定され、やがて分離そのものが崩れていく流れへと繋がっていきました。
つまり本作は、物語開始以前から組み上がっていた構造によって、ある程度結末が絞られていた作品として整理できます。
次の記事では、澪と繭が皆神村に来る前の前日譚や心境、そして二人が見ている世界の違いについて掘り下げていきます。
よろしければ引き続きお付き合いください。
零~紅い蝶~の考察記事一覧
考察記事①【隠された設定】紹介|澪はなぜ失明したのか?父の行方と皆神村を解説
考察記事②【崖の場面】あらすじ|なぜすれ違う?澪と繭の見ている世界の違いを解説
考察記事③【前日譚小説】あらすじ|なぜ帰郷したのか?|澪と繭の直前の物語を解説
考察記事④【黒炎の蝶エンド】あらすじ|繭の望み・澪の決断・黒い蝶を解説
考察記事⑤【本編冒頭】あらすじ|言いかけた言葉と結末への繋がりを解説
考察記事⑥【本編ストーリー】あらすじ|澪はどう変わっていったのか?を解説
考察記事⑦【紅い蝶エンド】あらすじ|澪はなぜ繭を…せてしまったのか解説
考察記事⑧【マヨイガ/片翅エンド】あらすじ|澪の抱えた代償を解説
考察記事⑨【凍蝶エンド】あらすじ|繭の泣き笑いと雛壇の部屋の首を解説
※本記事は『零紅い蝶 考察』シリーズの一部です。
※記事内画像には、作品世界をもとに作成した非公式の生成画像、および『零 ~紅い蝶~REMAKE』『零 ~眞紅の蝶~』本編のスクリーンショットが含まれます。『零 ~紅い蝶~』に関する権利はコーエーテクモゲームスに帰属します。


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